暑さが増すたび、救急外来には同じ顔ぶれが現れます。「ずっと麦茶を飲んでいたのに、急に立てなくなった」「足がつって吐き気が止まらない」。毎年、似た症状が繰り返されるのは偶然ではありません。鍵は、汗で失われる「塩」と、腸での吸収メカニズムにあります。
なぜ毎年、同じ人が倒れるのか
汗はただの水ではなく、Na(ナトリウム)を中心とした電解質を含みます。大量に汗をかき、塩分を補わないまま、ナトリウムをほぼ含まない飲料をがぶ飲みすると、血中ナトリウムが薄まります。これが「低ナトリウム血症」の引き金です。
患者さんはよくこう言います。「喉は潤っていたから、足りていると思った」。しかし、喉の渇きは電解質の欠乏を正確に教えてはくれません。むしろ、薄い飲み物ほど飲み過ぎを招き、希釈を進めます。
麦茶の「弱点」
麦茶はカフェインゼロ、渋みも少なく、胃にも優しい。夏の定番としては優秀です。ただし、最大の弱点は「塩分がない」こと。微量のカリウムは含みますが、汗で失われるのは主にナトリウムです。電解質のバランスが崩れると、筋けいれん、頭痛、吐き気、ふらつき、重症では意識障害に至ります。
さらに、麦茶や水だけでは小腸での水分吸収効率が低い。ナトリウムとブドウ糖が一緒に入ってくると、水はSGLT1を介して一気に吸収されます。これが経口補水液が「効く」理由で、ただの麦茶では再現できません。
救急で見る典型パターン
炎天下での作業、スポーツ、外回りの仕事、屋内でもエアコン不使用。症状は「こむら返り」「吐き気」「頭が重い」「めまい」。検査するとナトリウム低下、CPK軽度上昇、脱水サイン。合言葉はたいてい「麦茶をちゃんと飲んでいたのに」。ここで必要なのは“水をもっと”ではなく、“塩を適切に”です。
正しい水分・塩分戦略
- 日常のこまめな水分は麦茶でも可。ただし、汗を多くかく場面では「経口補水液」か、塩分を足した飲み方に切り替える。
- スポーツドリンクは糖が多く、目的はパフォーマンス維持。重い脱水や熱中症予防には、電解質比の整った経口補水液が有利。
- 食事からの塩も重要。梅干し、味噌汁、塩むすびなどを暑い日には活用。ただし基礎疾患のある人は主治医の指示を優先。
どれくらい塩が必要か
汗のナトリウム濃度は人によって差があり、0.5〜1.0Lの発汗で1〜2gの塩が失われることも。屋外活動や部活なら、1時間ごとに経口補水液500mL程度を目安にし、合間に塩分を含む軽食を。日常生活レベルなら、食事+水や麦茶で足りるが、猛暑や風呂上がりには少量の補水液を追加検討。
「冷たいほど良い」は誤解
キンキンに冷えた飲料は一気飲みを誘発し、希釈性低ナトリウム血症を助長。適度な冷たさで、少量を分けて摂取。胃がチャプチャプするなら、ナトリウムと糖が入った飲料を少しずつ。
子どもと高齢者はなぜ危ないか
子どもは体表面積あたりの発汗が多く、のどの自覚も甘い。高齢者は口渇感が鈍く、腎機能の調節も低下。さらに減塩食で日常のナトリウムが不足しがち。家族は「麦茶が減っている=安全」と思わず、塩分摂取の質に目を向けてください。
家庭でできるチェック
- 朝の体重と尿色を確認(急な減少・濃い尿は補水サイン)
- 屋外作業や運動前に塩分入り飲料を小分けで準備
- 食事に塩を「足す」のではなく、梅や味噌汁など“料理として”取り込む
- 1時間にコップ1杯を目安に、汗量で柔軟に増減
- 夜間のこむら返りが続くときは、就寝前に少量の補水液を追加
「塩をとると血圧が上がるのでは?」
高血圧治療中なら無闇な増塩は禁物。ただし、猛暑日に汗で失った分を「適量」戻すのは別の話。主治医と相談し、経口補水液を少量ずつ、状況に応じて活用。腎疾患や心不全、利尿薬内服中は必ず確認を。
受診の目安
「頭痛が強い」「吐き気や嘔吐が続く」「意識がもうろう」「歩行が不安定」は救急のサイン。現場では点滴で電解質を是正します。なお、軽いふらつきなら、涼しい場所で休息し、経口補水液を分割摂取。改善が乏しければ医療機関へ相談を。
最後に一言。私は毎夏、同じ患者さんを同じ理由で何度も運びます。そのたびに耳にするのは、「麦茶は体に良いから、たくさん飲んでいたのに」。喉を潤す飲み物と、体を守る飲み物は、状況によって違います。汗をかく日は、麦茶“だけ”から一歩前へ。塩と糖をそっと足して、夏を賢く乗り切りましょう。