たった33歳。「仕事の疲れ」と思った腰痛の正体は、まさかのステージ4がん

2026年2月3日

背中の痛みから始まった異変

33歳のスティーブン・リーは、2023年の秋に強い背中の痛みに襲われた。彼は英国で働く屋根職人で、長年の肉体労働による疲れだと考え、深刻には受け止めなかった。だが痛みは持続し、日常生活を蝕むように広がっていった。

痛みを和らげるため、彼は姿勢を調整し、10分ほど仰向けで休むなど自己流の対処を続けた。ところが症状は悪化し、ついには立ち上がるたびに鋭痛が走るようになった。

背中の痛みを訴えるスティーブン・リー(33)

誤解と遅れた診断

彼は何度も受診し、複数の医師に相談したが、当初は「筋肉の問題」と説明された。日々の疲労と職業特性が原因だろうという見立てに、本人も納得しかけていた。だが違和感は消えず、痛みの性質は次第に異様さを帯びていく。

転機となったのは2024年1月に受けたMRI検査だった。検査の結果、彼はステージ4の非ホジキンリンパ腫と診断され、即日入院と投薬が開始された。突然の事態に彼は言葉を失い、現実を受け入れるのに時間を要した。

非ホジキンリンパ腫とは

非ホジキンリンパ腫は免疫を担うリンパ系のがんで、年齢や性別を問わず発症する。統計によれば、フランスでは年間数万人規模の新規患者が報告され、リンパ腫全体の大多数を占める。症状は多様で、痛みや腫脹、発熱や体重減少など、別の病気と紛らわしいことが多い。

背中の「疲れ」と見分けにくいケースもあり、診断の遅れを招きやすい。だからこそ、原因不明の疼痛が続く時は、早期に精密検査へ進むことが重要だ。職業性の負担だけで説明できない違和感は、必ず記録して伝えるべきだ。

厳しい治療のマラソン

リーは診断直後に点滴とステロイドの投与を受け、その後は化学療法を6サイクル実施した。さらに放射線治療免疫療法、そして細胞療法へと治療は段階的に広がった。治療の合間には希望が見えた瞬間もあったが、病勢はなお強靭で、思うように後退しなかった。

医師団は慎重に経過を見守り、可能な選択肢を検討し続けた。しかし「今できる最善」を尽くしても、予測しがたい不確実性が残る。彼自身は治療の副作用と向き合いながら、日々の体力を振り絞っている。

治療を受けるリーさん

彼が語る恐れと希望

病名を知った日のことを、彼は静かに回想する。「病院で結果を待つ7時間がとても長く、ようやく呼ばれた時に『ここに留まってください』と言われた。頭が真っ白になり、状況をのみ込むのに時間がかかった」と話す。帰宅を望んだ時も、「あなたは帰れません」と引き止められ、そのまま緊急の治療が始まった。

「正直、恐怖はある。でも、がんは僕と同じくらいしぶとい。だから僕も諦めない。医師の予測を覆して、秋まで生き抜くことを証明したい」と彼は語る。言葉の端々に、不安と同時に強い意志が滲んでいた。

早期発見のためにできること

見過ごしがちなサインを把握し、必要な時に受診へつなげることは、結果を大きく左右する。以下は、長引く「疲れ」や「痛み」を感じた際に意識したいチェックポイントだ。

  • 原因不明の痛みや腫れが数週間以上持続する
  • 夜間の発汗、説明のつかない体重減少や発熱がある
  • 仕事を休んでも回復せず、痛みの性質が変化する
  • 鎮痛薬での改善が乏しく、日常動作に支障が出ている

こうしたサインは必ずしもがんを意味しないが、放置すべき理由にはならない。違和感が積み重なるときは、医療機関での相談が最善だ。

家族と社会が支える力

リーの周囲では、家族や友人が支えとなり、治療の選択を共に考えている。地域の支援団体や患者コミュニティも、情報の共有や心の拠り所として機能する。重い現実と向き合う時、人は一人では耐えられない。支援の輪が広がるほど、患者の選択肢は増える

彼の物語は、痛みを「ただの疲れ」で片づけない大切さを教えてくれる。同時に、診断の遅れがもたらすリスクと、そこからなお希望を紡ぐ人間の強さを示している。

「僕はまだこの人生を諦めない。小さくても前進できた日を重ねたい」。重ねられた治療の痕跡は、彼が今日も生きている証しだ。

山本 翔太
山本 翔太
フィットネスと格闘技を愛するスポーツライター。大学でスポーツ科学を専攻し、国内外のアスリート取材を通じて「挑戦する心」をテーマに記事を執筆。APFでは、トレーニングとメンタルの両面からパフォーマンスを掘り下げています。

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