「私は救急医ですが夏に麦茶だけで水分補給をしている患者が毎年同じ症状で運ばれてきます」:その意外な原因とは

2026年5月2日

暑さが増すたび、救急外来には同じ顔ぶれが現れます。「ずっと麦茶を飲んでいたのに、急に立てなくなった」「足がつって吐き気が止まらない」。毎年、似た症状が繰り返されるのは偶然ではありません。鍵は、汗で失われる「塩」と、腸での吸収メカニズムにあります

なぜ毎年、同じ人が倒れるのか

汗はただのではなく、Na(ナトリウム)を中心とした電解質を含みます。大量に汗をかき、塩分を補わないまま、ナトリウムをほぼ含まない飲料をがぶ飲みすると、血中ナトリウムが薄まります。これが「低ナトリウム血症」の引きです。

患者さんはよくこう言います。「喉は潤っていたから、足りていると思った」。しかし、喉の渇きは電解質の欠乏を正確に教えてはくれません。むしろ、薄い飲み物ほど飲み過ぎを招き、希釈を進めます。

麦茶の「弱点」

麦茶はカフェインゼロ、渋みも少なく、胃にも優しい。夏の定番としては優秀です。ただし、最大の弱点は「塩分がない」こと。微量のカリウムは含みますが、汗で失われるのは主にナトリウムです。電解質のバランスが崩れると、筋けいれん、頭痛、吐き気、ふらつき、重症では意識障害に至ります

さらに、麦茶や水だけでは小腸での水分吸収効率が低い。ナトリウムとブドウ糖が一緒に入ってくると、水はSGLT1を介して一気に吸収されます。これが経口補水液が「効く」理由で、ただの麦茶では再現できません

救急で見る典型パターン

炎天下での作業、スポーツ、外回りの仕事、屋内でもエアコン不使用。症状は「こむら返り」「吐き気」「頭が重い」「めまい」。検査するとナトリウム低下、CPK軽度上昇、脱水サイン。合言葉はたいてい「麦茶をちゃんと飲んでいたのに」。ここで必要なのは“水をもっと”ではなく、“を適切に”です。

正しい水分・塩分戦略

  • 日常のこまめな水分は麦茶でも。ただし、汗を多くかく場面では「経口補水液」か、塩分を足した飲み方に切り替える。
  • スポーツドリンクは糖が多く、目的はパフォーマンス維持。重い脱水や熱中症予防には、電解質比の整った経口補水液が有利
  • 食事からの塩も重要。梅干し、味噌汁、塩むすびなどを暑い日には活用。ただし基礎疾患のある人は主治医の指示を優先。

どれくらい塩が必要か

汗のナトリウム濃度は人によってがあり、0.5〜1.0Lの発汗で1〜2gのが失われることも。屋外活動や部活なら、1時間ごとに経口補水液500mL程度を目安にし、合間に塩分を含む軽食を。日常生活レベルなら、食事+水や麦茶で足りるが、猛暑や風呂上がりには少量の補水液を追加検討

「冷たいほど良い」は誤解

キンキンに冷えた飲料は一気飲みを誘発し、希釈性低ナトリウム血症を助長。適度な冷たさで、少量を分けて摂取。胃がチャプチャプするなら、ナトリウムと糖が入った飲料を少しずつ

子どもと高齢者はなぜ危ないか

子どもは体表面積あたりの発汗が多く、のどの自覚も甘い。高齢者は口渇感が鈍く、腎機能の調節も低下。さらに減塩食で日常のナトリウムが不足しがち。家族は「麦茶が減っている=安全」と思わず、塩分摂取のに目を向けてください

家庭でできるチェック

  • 朝の体重と尿色を確認(急な減少・濃い尿は補水サイン
  • 屋外作業や運動前に塩分入り飲料を小分けで準備
  • 食事に塩を「足す」のではなく、梅や味噌汁など“料理として”取り込む
  • 1時間にコップ1杯を目安に、汗量で柔軟に増減
  • 夜間のこむら返りが続くときは、就寝前に少量の補水液を追加

「塩をとると血圧が上がるのでは?」

高血圧治療中なら無闇な増塩は禁物。ただし、猛暑日に汗で失った分を「適量」戻すのは別の。主治医と相談し、経口補水液を少量ずつ、状況に応じて活用。腎疾患や心不全、利尿薬内服中は必ず確認を。

受診の目安

「頭痛が強い」「吐き気や嘔吐が続く」「意識がもうろう」「歩行が不安定」は救急のサイン。現場では点滴で電解質を是正します。なお、軽いふらつきなら、涼しい場所で休息し、経口補水液を分割摂取。改善が乏しければ医療機関へ相談を。

最後に一言。私は毎夏、同じ患者さんを同じ理由で何度も運びます。そのたびに耳にするのは、「麦茶は体に良いから、たくさん飲んでいたのに」。喉を潤す飲み物と、体を守る飲み物は、状況によって違います。汗をかく日は、麦茶“だけ”から一歩前へ。塩と糖をそっと足して、夏を賢く乗り切りましょう。

山本 翔太
山本 翔太
フィットネスと格闘技を愛するスポーツライター。大学でスポーツ科学を専攻し、国内外のアスリート取材を通じて「挑戦する心」をテーマに記事を執筆。APFでは、トレーニングとメンタルの両面からパフォーマンスを掘り下げています。

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